今回は、ハーバード大学で精神医学教授を務めるロバート・ウォールディンガーさんとマーク・シュルツさんが書かれた「グッド・ライフ 幸せへの人間関係の秘訣」という本について、深ぼっていきます。
この本は一言で言うと、人間関係を豊かにすることを通じて幸せになる方法を教えてくれる一冊です。誰もが幸せになりたいと願う一方で、「なかなか幸せになれない」と悩む人も多いのではないでしょうか。実は、幸福に最も大きな影響を与えるのは、お金でも、SNSの「いいね」の数でも、社会的地位でもなく、「豊かな人間関係」であると多くの研究で示されています。逆に、人間関係が希薄だと、不健康になり、病気になりやすく、不幸を感じやすいという現実もあります。
そして、注目すべきは「幸せになるのに遅すぎることはない」というメッセージです。遺伝や性別、才能、容姿など、私たちの意思とは関係なく運で決まってしまうことは多いですが、幸福に最も大きな影響を与える人間関係に関しては、自分が相手に興味を持って話しかけるかどうかの問題なのだと教えてくれます。今日からでも、人間関係を良好に保つ準備を始めることで、健康長寿で幸せな日々を過ごせる可能性が高まるのです。
お金があれば幸せになれるわけではないが、不幸を避けることはできる!
「幸せになるにはお金が必要だ」と考える人は多いかもしれません。確かにお金がないと、家賃や食費、電気代、ガソリン代といった細々としたことにストレスを感じやすくなります。貧困は虫歯の放置や年金滞納、家賃滞納につながり、最悪の場合、犯罪に手を染めたり、命を絶ったりすることもあるため、不幸を避けるためにはお金に困らない状態を保つことが重要だと述べられています。誰でも貧すれば鈍してしまうものですよね。
しかし、逆にお金があればあるほど幸せを感じられるかというと、そうではありません。ノーベル経済学賞を受賞した心理学者ダニエル・カーネマンの研究によると、年収約800万円までは幸福度が高まるとされていますが、800万円を超えると幸福度は頭打ちになることが分かっています。これは、お金で発生するストレスを防げるからだと考えられます。
仕事ばかりに集中してお金を稼ぐことばかりを追い求めると、健康や恋愛、人間関係、家族との時間といった他の幸せの要素がおろそかになり、孤独な老後を過ごしてしまう人も少なくありません。結局のところ、「時間を何と交換するか」という問いが重要になってきます。特に、お金を稼ぐことに集中しすぎて恋愛や子育てを怠ると、人生はかなり厳しいものになる可能性があると警鐘を鳴らしています。
また、お金や年収は数字で表されるため、他人と比べて劣等感を抱きやすい側面があります。幸せを長持ちさせたければ、たとえ自分が優れていたとしても誰かと比べないことが大切です。一方で、人間関係は人と比べにくいため、そういった意味では年収400万円〜500万円を目指し、将来お金に困らないよう積み立て投資などをしながら、あとは人間関係を作るのが多くの人にとっての最適解だと言えるでしょう。
孤独は身体を蝕む痛みである!
この本では、「孤独は痛みである」と断言しています。これは比喩ではなく、孤独が身体に物理的な影響を与えると説明しています。具体的には、孤独感があると、痛みに敏感になり、免疫力が弱まり、脳機能が低下し、睡眠の質が悪くなり、疲労感やイライラが増すといった症状が現れるそうです。最近寝つきが悪いと感じている方は、ひょっとしたら孤独が影響しているのかもしれません。
人間関係と死亡リスクの関連性を調べた研究では、驚くべき結果が出ています。他者との繋がりが最も少ない人の死亡率は、最も多い人に比べて、男性で2.3倍、女性で2.8倍も高かったのです。これは、触れ合いがある人とない人とでは生存率が約50%も違うことを意味しており、「ある意味、孤独はタバコを吸っているのと同じようなもの」だとまで表現されています。
なぜ私たちはこれほどまでに孤独に弱いのでしょうか? その答えは、太古の昔、ホモサピエンスの時代にあります。当時は猛獣がたくさんいたため、一人で過ごすことは死を意味しました。そのため、人は社会的な生き物となり、大変な時期を他人と協力して乗り切ったのです。一人でいるよりも多くの人といる時に安心し、心の平穏が得られたその時の感覚が、まだ私たちの中に残っているのだと言います。
そのため、孤独感とは「このまま一人だと死ぬぞ」という危険を知らせる警報のようなものなのです。最初は軽い寂しさでも、警報を放置し続けると、心が孤独に蝕まれていくと説明されています。
一方、触れ合いには麻酔薬のように痛みを和らげる効果があるとされています。孤独が消え、守られているという感覚が生まれることで、寿命が伸び、健康状態も良くなるのです。一般的に病気や怪我で身体に痛みがある日でも、仲の良い人と一緒に過ごすと、気分の浮き沈みが穏やかになり、幸福度はあまり下がらないことが分かっています。人間関係が豊かであることは、精神的な苦痛を和らげる大きな力になるのですね。
「でも、友達が少ない、異性との触れ合いもない」という方もいるかもしれません。この本では、極端な例として「ソープはおじさんの診療内科」という言葉を出し、身体的接触の機会が減ったおじさんでも人肌に触れる機会が得られると述べています。また、ペットを飼うことや、軽く誰かと話すだけでも効果があるとも言及されています。コンビニの店員とのちょっとした会話でさえ、孤独感が薄れ、気分が高まる経験は、誰もがしているのではないでしょうか。私たちは無意識のうちに、この孤独の痛みに対処するために行動しているのですね。
人間関係を育むための実践的なヒント
ここからは、実際に人間関係を築き、育んでいくための具体的な方法について見ていきましょう。
1. スクロールをやめて相手に注意を向けること
現代社会では、昔と比べて働く時間が減っているにもかかわらず、なぜか人間関係が希薄になっていると指摘されています。その主な理由は、スマホやパソコンといった、私たちの注意を奪うものが増えたからだと言います。人と連絡はLINEで十分、会議もZoomで済む。目の前の話を聞くよりも動画を見ていた方が面白いと感じたり、SNSでは刺激的な情報が溢れ返っていたり。様々なことが私たちの注意を奪い合っているのです。
その結果、友達とリアルで会っていても、目の前でスマホをいじり始める人がいますよね。そういう人と一緒にいると、自分といるのに自分以外のものに注意を向けられているようで、虚しい気持ちになります。
時間を使って相手に注意を向けることは、誰もが相手に与えられる価値のある「プレゼント」です。だからこそ、自分に注意を向けてもらえると相手は嬉しくなるのです。精神科医のアンデシュ・ハンセン氏の「スマホ脳」でも、会話中にスマホが視界に入るだけで集中力が下がり、会話が楽しくなくなり、相手への信用や共感が得にくくなることが書かれているそうです。
誰かといる時は、スマホを目に入らないところに置き、相手に注意を向けて、興味を持って質問したり、話しかけてみることが重要です。例えば、「休みの日は何しているの?」や「髪型変わったね、似合ってるね」といった具合に、常に相手にアテンションを向けることが人間関係の構築に必要不可欠だとされています。逆に、人から「モテない」と言われる人は、誰かといても常に相手ではない何かに注意を向けている人、とも言えるのかもしれません。
2. 話しかけないよりも話しかけた方がいい
「見知らぬ人に話しかけても無視されるだけだ」と多くの人が予想し、不快な経験を避けるために黙って過ごす選択をしがちです。しかし、この本では、自分から率先して話しかけた方が良いことが分かっていると強調しています。
シカゴ大学が通勤電車で行った実験では、見知らぬ人と話した被験者の大半が、普段の通勤よりも良い気分になったそうです。さらに、話しかけられた人も気分が良くなっていたという驚きの結果が出ています。私たちは人に気軽に話しかけない方が良いと思いがちですが、それは思い込みであり、実際には話しかけた方が良いのですね。
早朝にスターバックスへ行き、店員や他のお客さんと「久しぶりですね」とか「調子はどうですか」といった軽い会話をするだけでも、気分が良くなり、一体感を覚え、高揚感を与えてくれるとのこと。スタバが「コミュニケーションを売っている」とも言えるでしょう。このような小さなコミュニケーションが、一日の気分を高めてくれるのです。
世の中には話しかけない人が大半だからこそ、自分から積極的に話しかけるだけで、人間関係を築きやすくなるのは言うまでもないと書かれています。だから、勇気を出して話しかけるのをやめてはいけません。
3. 人と人との関係はほったらかしでは育たない
人間関係は植物と同じで、放っておいて育つものではなく、むしろ放っておくと枯れてしまうと述べられています。しばらく会わなくなってそのまま縁が切れてしまったという経験は、誰にでもあるのではないでしょうか。私にも、高校時代からの親友と疎遠になってしまった経験があります。
人間関係を維持するには、植物に水をやるように定期的に相手に注意を向ける必要があります。女の子が連絡をマメな男性を好むのは、常に気にかけて水をたっぷり与えてくれるからなのかもしれませんね。
そのため、たまには食事や映画、カフェなど、理由は何でも良いので、大切な恋人や家族、親友などを定期的に誘ってみることが必要です。相手は忙しいかもしれない、迷惑かもしれないと心配するかもしれませんが、前述したように孤独は痛みであり、誰もが避けたいもの。電車での実験でも分かるように、たとえ見知らぬ人であっても少し話すだけでお互いに良い気分になりやすいのです。むしろ、相手から誘いが来るのをワクワクしながら待っていることも多いとのこと。
気になる人がいるのなら、気軽にLINEなどで誘い、カレンダーに予定を入れる勇気を持ちましょう。逆に自分が誰かから誘われたら、思い切って乗ってみることも大事です。
4. 仕事をしすぎて人間関係をおろそかにしないこと
現代の大人たちは、人生の大半を仕事に費やしています。仕事は生きがいにも活力にもなる、人生において非常に重要な要素です。しかし、「死の間際になってもっと働いておけばよかったと思う人はいない」という有名な話があります。むしろ、「もっと家族と一緒に過ごせばよかった」「もっと子供と一緒に過ごせばよかった」「人生を仕事に捧げすぎた」と後悔する人の方が多いと指摘されています。
仕事ばかりしていた人が定年退職すると、日常生活の大部分を占めていた仕事がなくなり、人間関係も希薄になり、一気に孤立してしまうことが多いと警鐘を鳴らしています。誰からも必要とされていないような感覚は、最も辛い状況かもしれません。
一方で、引退生活が充実している人は、職場以外で新しい仲間を見つけていたそうです。特に男性は、職場だけの人間関係に固執するのではなく、趣味などを通じて幅広く人間関係を持っておいた方が良いと強く勧められています。
もしそれが難しく孤独な老後を過ごすことになった場合でも、老後も何でも良いから仕事をすることが重要です。警備員や接客業、スーパーの品出しなどのアルバイトでも構いません。仕事をしていれば必ず人間関係が生まれ、コミュニケーションが増え、お金ももらえて、それが人生の活力になるのです。ただし、いつ病気で働けなくなるか分からないため、引退後のことを考えて、新たな生きがいや趣味の友達などを見つける努力を忘れてはならないと締めくくられています。
5. 人生を支えてくれる10人の人間関係を把握する
人間関係を保つにはメンテナンスが必要なため、「友達100人」というのは現実的ではありません。そこで、まずは自分の人生に誰がいるのかを考え、「10人」を紙に書き出してみることを勧めています。おそらく家族や恋人、親友などが思い浮かぶでしょう。そして、その10人の人間関係を大事にし、さらに小さな人間関係も増やしていくのです。
この本では、「他者との交流の頻度と質こそ幸福のポイント」だと書かれています。つまり、仲の良い人とたくさん会える人ほど幸せになりやすいということですね。
とはいえ、そこまで仲が良くない人との関係を「断ち切るべきではない」とも述べられています。何がきっかけで一気に仲が良くなるか分からないからです。
6. 他人に誠実な関心を向ける
人間関係の重要性や、話しかけることの大切さは分かっても、「何を話せばいいのか分からない」という人も多いかもしれません。私自身も、何を話したらいいか迷うことがあります。この本で最も大事だとされているのは、「相手に興味を持つこと」です。
例えば、「あの人何してる人だろう?」とか「休みの日に何をしているのかな?」といった感じで、他人への興味を持つからこそ話しかけることができるのです。
実際に、D.カーネギーが1936年に出版した名著「人を動かす」では、「人に好かれる6原則」の第1原則が「忠実な好奇心を寄せる」となっています。それだけ重要なことなのですね。
「今はどこに地雷があるか分からないし、すぐにハラスメントだと言われる時代だから」と話すことに躊躇する人もいるかもしれませんが、基本的には見知らぬ人であっても、相手と話すことで人は充実感を得られます。心からの興味や関心を相手に持てば、相手は心を開いて話してくれるでしょうし、相手への理解も深まります。
まとめ
今回ご紹介した「グッド・ライフ 幸せへの人間関係の秘訣」から学んだ、幸せな人生を送るための重要なポイントをまとめます。
- 豊かな人間関係こそが幸福の鍵であり、逆に人間関係が希薄だと不健康になり、不幸を感じやすい。
- お金は不幸を避けるためには重要だが、年収約800万円を超えると幸福度は頭打ちになる。仕事ばかりで他の幸せを犠牲にしないことが大切。
- 孤独は体に物理的な痛みを与える。免疫力の低下や脳機能の低下、さらには死亡リスクの増加にも繋がる。触れ合いは痛みを和らげ、寿命を延ばす効果がある。
- 人間関係を育むためには、スマホから目を離して目の前の相手に注意を向けることが不可欠。
- 「話しかけても…」という思い込みを捨て、自分から積極的に話しかける方が良い。小さなコミュニケーションが気分を高める。
- 人間関係は「植物」と同じで、定期的なメンテナンス(交流)がなければ枯れてしまう。積極的に誘い、誘われたら応じる姿勢が大切。
- 仕事に人生の全てを捧げすぎないこと。特に男性は、職場以外の人間関係や趣味を見つけることが老後の充実につながる。
- 人生を支える「10人」の人間関係を把握し、その質と頻度を大切にする。
- そして最も根本的なこととして、他人に誠実な関心を持つこと。これが人間関係を築く上で最も重要な第一歩である。
感想
この本を読んで、改めて人間関係の計り知れない重要性を痛感しました。漠然と「人との繋がりは大事だ」と思ってはいましたが、それが寿命や健康、日々の幸福度にまで、これほど直接的かつ大きな影響を与えているとは、正直驚きでした。特に、孤独が身体に「痛み」として作用し、喫煙に匹敵するほどの死亡リスクがあるという指摘には、強い衝撃を受けました。
現代社会では、SNSなどで「繋がっている」感覚は得られるものの、実際には希薄な関係性や表面的な交流が増えているように感じます。そうした中で、「スマホをやめて目の前の人に注意を向ける」「自分から話しかける」「定期的に交流する」といった、ごく基本的ながらも忘れがちな実践的なヒントが具体的に示されている点が非常に参考になりました。特に、男性が職場以外の人間関係を持つことの重要性や、定年退職後の孤立を防ぐためのアドバイスは、現代社会を生きる私たちにとって非常に示唆に富んでいると感じました。
「幸せになるのに遅すぎることはない」というメッセージ は、人間関係の再構築はいつでも始められる、という希望を与えてくれます。特に、人生を支えてくれる10人の人間関係を明確にし、その質と頻度を意識すること、そして何よりも「相手に誠実な関心を持つ」こと が、どれほどシンプルでありながらパワフルな行動であるか、改めて深く理解できました。
この本は、私たちの日常に潜む「孤独」という現代病に対する、最も人間的で、最も効果的な処方箋を示してくれているように感じます。今日からでも、身近な人への「アテンション」を意識し、豊かな人間関係を育んでいこうと強く思いました。