今日のテーマは、誰もが一度はぶつかる壁、「何度説明しても伝わらないのはなぜ?」という疑問です。職場や家庭、友人との関係で「なんで分かってくれないんだろう…」と悩んだ経験、皆さんにもありませんか?実は、労働政策研究研修機構の調査によると、退職理由の3位に「人間関係の悪化」が入るほど、コミュニケーションの悩みは私たちの生活に深く根ざしています。
今回は、ノースウェスタン大学で博士号を取得し、現在は慶應大学で認知心理学を教えていらっしゃる今井むつみさんの著書「何回説明しても伝わらないはなぜ起こるのか?」の内容を解説していきます。この本は、一言で言えば「説明しても伝わらない理由」を教えてくれる本です。
私たちが教えられてきたのは「丁寧に繰り返し説明することが大事」ということ。しかし、認知科学者の今井先生によると、分かり合えないのは「説明が足りない」とか「相手の理解力不足」という問題ではなく、自分と相手の「心の違い」にあるというのです。
今日の記事を読めば、少しでも相手にうまく伝えるヒントが得られるはずです。それでは早速、見ていきましょう!
「伝わらない」のはなぜ?認知科学が教える2つの本質的な理由
「何度説明しても伝わらない」という現象には、主に二つの認知科学的な理由があります。
1. 私たちはそれぞれ異なる「スキーマ」を通して情報を理解している
皆さんは「スキーマ」という言葉をご存知でしょうか? スキーマとは、私たちが今まで経験してきたことや育ってきた環境、文化、そして得てきた情報によって生み出される「先入観や思い込み」のことです。
私たちは、相手の話した内容をそのまま脳にインプットしているわけではありません。誰もが、自分だけの異なる先入観や思い込みを通して言葉から情報を受け取っているのです。
このスキーマが違うと、話が食い違いやすくなります。例えば、「熊」と聞いても、可愛らしいプーさんを思い浮かべる人もいれば、凶暴なツキノワグマやヒグマ、ホッキョクグマを思い描く人もいるでしょう。これは、生まれ育った環境によって熊に対する先入観が異なるからです。だから、「熊が出たから駆除しよう」と言っても、スキーマが違う相手にはうまく伝わらず、駆除か保護かで議論が真っ二つに割れてしまうのです。
私が親に「YouTuberになりたい!」と伝えても理解してもらえないのも、親と私の「YouTuber」に対するスキーマが違うから、ということになりますね。上司と部下、夫婦間での分かり合えない原因も、この異なるスキーマで言葉から情報を受け取っているからだとされています。
驚くべきことに、たとえ相手が「分かった」と言ったとしても、それはあくまで「その人のスキーマを通して物事を見たものが分かった」というだけで、自分の頭の中のイメージが100%そっくりそのまま相手に伝わっているわけではないんです。私たちはどうやっても自分のスキーマを通してしか世界を見ることができないため、100%分かり合うことはできないという前提を持つべきだと著者は述べています。相手を正しく理解することは「相手の思い込みの塊と対峙していくこと」であり、自分を正しく理解することは「自分が持っている思い込みに気づくこと」でもある、と本書には書かれています。
2. 人は「どうでもいいこと」をすぐに忘れてしまう
もう一つの大きな原因は、シンプルに「人はどうでもいいことをすぐに忘れてしまう」ということです。
1年前の旅行の記憶違いをしたり、先輩に頼まれたことをうっかり忘れてしまったり、家族に頼まれた買い物を忘れて帰ってきたり…誰にでも経験があるのではないでしょうか。人間はすべてのことを記憶することはできません。自分が必要だと思うこと、興味のあることだけを無意識のうちに優先して記憶し、どうでもいいことを忘れるようにできているのです。
部下に「これは大事なことだよ!遅れる時は絶対に早めに連絡して!」と伝えても、なかなか覚えてくれない人がいるのはなぜでしょう? それは、相手がそのことを「特に大事だ」と感じていないから、という衝撃的な事実が挙げられます。上司は自分が大事だと思っているから覚えているものの、言われた側はそこまで大事ではないと感じていることもあり、何度説明しても覚えていなかったり、内容を間違えて覚えてしまったりすることがよく起こるそうです。
私も彼女に「部屋を綺麗にするように」とお願いしても聞いてくれないのは、彼女が心の底から「掃除が大事だ」と思っていないから、という可能性があるわけですね…。これはちょっとショックでした (笑)。
こうした「忘れてしまう」という人間の性質を前提に、できるだけメモを取ったり、付箋を貼ったり、記録をつけたりすることが大切だ、と本書ではアドバイスされています。
「伝わる」ための4つの具体的なコミュニケーション術
それでは、異なるスキーマを持ち、すぐに忘れてしまうという前提の上で、どうすればよりスムーズに「伝える」ことができるのでしょうか? 本書では4つの具体的な方法が紹介されています。
1. 俯瞰して相手の立場になって考える
これは「相手に思いやりを持て」という単純な話ではありません。相手が置かれている状況や、相手の持っている知識レベルを具体的に想像してから伝える、という話です。
例えば、ものすごく長話をする人がいますが、人は基本的に話を聞き続けるのは苦手です。相手の気持ちを想像できる人は、「自分は話しすぎたかも」と俯瞰して物事を捉えることができます。道を教える時、相手が分かるように有名なコンビニや飲食店の名前を出しながら説明しますよね? ビジネスの報告もそれと同じで、相手の立場になって伝えることが非常に重要なのです.
どうすれば相手の立場に立てるようになるか? 練習するしかありませんが、常に「これで伝わるかな?」「相手は面倒だと感じないかな?」「相手はどういう人だろう?」といった質問を自分に投げかけてから相手に伝えると良いでしょう。
2. 結論だけじゃなくて理由も一緒に伝える
人は「理由」があると、それだけで感情が動き、納得しやすい生き物です。
ハーバード大学の心理学教授であるエレン・ランガーが行った、コピー機の列での実験が非常に興味深いです。
- 「すみません、5枚なんですけど、先にコピーを取らせてください」(理由なし)の場合、成功率は60%。
- 「すみません、5枚なんですけど、今ものすごく急いでいるので、先にコピーを取らせてください」(理由あり)の場合、成功率は93%。
- 「すみません、5枚なんですけど、コピーを取らないといけないので、先にコピーを取らせてください」(理由にならない理由あり)の場合でも、成功率は93%。
「理由にならない理由」でも成功率が上がるというのは驚きですよね。この実験からも分かるように、人は「なぜ」「どうして」という理由があると納得してしまう性質があるのです。
仕事でも同じです。ただ「これをチェックして」と言うよりも、「これをチェックしないと1からやり直しになるから必ずチェックして」と理由を伝える方が、相手は納得し、行動に繋がりやすくなります。デートに誘う時も「食事に行きませんか?」よりも「一緒にいると楽しいので食事に行きませんか?」の方が、相手の心を動かせる可能性が高いでしょう。
3. 例え話を使って話を具体的にする(抽象と具体を往復する)
具体的であればあるほど、相手との間に誤解やズレが埋まりにくくなります。
例えば、「TPOをわきまえた服装をしましょう」と伝えるよりも、「スーツにネクタイ着用で参加しましょう」と伝えた方が、具体的で分かりやすいですよね。
ただし、全てを具体的にしすぎると、情報量が多すぎて相手が疲れて聞くのをやめてしまったり、覚えきれずに伝わらないこともあります 。黒いスーツに白のネクタイ、革靴は黒で…と細かすぎる指示は逆効果になることもあるのです 。
大事なのは、最初に抽象的なことを伝えつつ、相手の状況を想像して伝わる例え話を1つ2つ散りばめることです 。この「ふわっとした抽象」と「具体的な例」を自由に行き来するのが、分かりやすい話の鉄板だとされています 。
例を挙げると、YouTubeチャンネルを説明する際に「本を要約して分かりやすく伝えるチャンネルです」という抽象的な説明に続けて、「例えば『嫌われる勇気』や『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』などのビジネス書を解説しています」といった具体的な例を出すと、より伝わりやすくなります 。
4. 相手から好感を抱かれる服装にする
人は、判断する時の大半を「感情」や「直感」、平たく言えば「好きか嫌いか」で決めてしまう部分が大きいそうです 。論理的にじっくりと物事を考えるのは疲れるため、なかなかできる人はいません 。
ドイツの心理学者ゲルト・ギーレンターさんの著書「なぜ直感の方がうまくいくのか」には、人は何かを選ぶ時や迷った時に、最初に見ていたものを最終的に選ぶ傾向がある、という実験結果が出ているそうです 。つまり、「これが好き」という感情が最初にあって、それを元に意思決定をし、後から論理的に「それを選んだ方がいい理由」を後付けしているにすぎないというのです 。車や腕時計も、まず見た目が好きで、その上でいい性能のものを選びがちですよね 。
「でも仕事は好き嫌いとは別では?」と思うかもしれませんが、そうでもないようです 。社長だって、嫌いな人より「なんか好きな人」を入社させているものですし、好きな上司の話は聞けるが、嫌いな上司には「はい」と聞きたくなくなる、という経験は皆さんもあるのではないでしょうか 。私たちは仕事でも感情を排除して理性的に考えていると思いがちですが、誰もが仕事に感情を持ち込んでいるのです 。
そのため、どんな環境でも相手に「なんかいいな」「なんか好きだな」と思ってもらうことが、相手に何かをうまく伝える上で重要になります 。
具体的には、肌が綺麗、いい匂いがする、話を聞ける、イケメン・美女…など様々な要素がありますが、本書では特に「服装」が挙げられています 。例えば、取引先を訪問する際、相手の服装に合わせる社員の話が紹介されています 。工場現場なら作業着、相手が普段着なら普段着、スーツならスーツ、という具合です 。人は自分と同じだと好感を抱きやすいものなんですね 。
注意点として、ただ「素敵な格好をしていけ」という話ではなく、「相手に合わせて、相手に好感を持ってもらえる服装をしなさい」ということです 。あくまで「相手の立場になって考える」ことが大事なんですね 。
コミュニケーションの達人の2つの特徴
最後に、本書に書かれているコミュニケーションの達人の特徴を2つご紹介します。
1. 聞く耳をいつも持つ
人は、自分の話を聞いてくれる人を心の底から求めているものです 。
ジャーナリストのケイト・マーフィーさんの著書「LISTEN」には、人は自分の考えや感情などを相手に理解してもらい、大切にされることを心の底から望むこと、そして人間関係の破滅はいつも相手の話を聞かないことで起こる、ということが論理的に説明されています 。確かにモテる人も聞き上手ですし、仕事でも話を聞いてくれるとその人に好感を抱きやすくなりますよね 。
ただ、聞くことにはこれだけのメリットがあっても、耳に痛い話や自分にとって都合の悪い話は、なかなか素直に聞けるものではありません 。しかし著者は、嫌な報告を受けた時こそ、相手を褒め、感謝するくらいの心づもりが必要だと述べています 。なぜなら、悪い報告を伝える側も、なるべくそんな報告なんてしたくないのが本音だからです 。勇気を持って伝えてきた相手に対し、感謝してその話を聞き入れるというのは、上の立場になる人ほど大事な資質と言えるでしょう 。
2. 相手をコントロールしようと思わないこと
ここまで説明してきたように、私たちは一人ひとり持っているスキーマが違うため、自分の伝えたいことを100%相手に伝えることなんてできません 。育ってきた環境や得てきた知識が違うため、必ずズレが生じます 。
たとえ、好かれるような格好をして、理由を伝え、例え話を交えて具体的に伝えれば伝わりやすくなるとはいえ、それでも伝わらないことはあります 。コミュニケーションエラーは当たり前のように起こりますし、相手が思い通りに動くという保証はどこにもありません 。
人間関係って本当に難しいですよね。仮にビジネスの場で相手を威圧したり、脅したり、おだてたりして、その場限りで相手をうまくコントロールできたとしても、そのようなコミュニケーションでは長く続きません 。著者は、いいコミュニケーションとは、どちらか一方でも相手を思い通りにコントロールしようとしないことだ、と述べています 。
どれだけ説明しても相手に100%理解されるわけではないし、誤解されることもあるし、同じものを見たり聞いたりしても誰もが同じような理解をするわけではない、ということを前提にしつつ、相手と辛抱強く関わっていくことが大事だ、と本書は教えてくれます 。
まとめと感想
いかがでしたでしょうか? 今回は今井むつみさんの著書「何回説明しても伝わらないはなぜ起こるのか?」から、コミュニケーションの本質と解決策を解説しました。
改めてまとめると、「何度説明しても伝わらない」原因は、主に以下の2つでした。
- 私たちはそれぞれ異なる「スキーマ」を通して情報を理解している:経験、環境、文化、情報から生まれる先入観や思い込みが、情報の受け取り方にズレを生じさせる。
- 人は「どうでもいいこと」をすぐに忘れてしまう:人間は必要なことや興味のあることを優先して記憶し、それ以外は忘れるようにできている。
この2つの理由があるため、自分の伝えたいことを100%相手に伝えることはできない、という前提を持つことが重要です 。
その上で、より円滑に伝えるための4つの方法がこちらです。
- 俯瞰して相手の立場になって考える:相手の状況や知識を想像し、相手に合わせた伝え方をする。
- 結論だけじゃなくて理由も一緒に伝える:人は理由があることで納得し、行動を促されやすい。
- 例え話を使って抽象と具体を行き来して伝える:具体的すぎず、抽象的すぎず、適切な例え話を交えることで理解度を深める 。
- 相手から好感を抱かれる服装にする:人は感情で判断するため、相手に好感を持ってもらえるような見た目を意識する 。
そして、コミュニケーションの達人になるためには、
- 聞く耳をいつも持つ:特に嫌な報告を受けた時こそ、相手を褒め、感謝する心構えが大切 。
- 相手をコントロールしようと思わないこと:100%理解は不可能と割り切り、根気強く関わっていく 。
今回の内容で、「伝わらない」という現象には単なる説明不足や相手の理解力の問題ではなく、根本的に“認知の違い”があるのだという視点にハッとさせられました。特に「スキーマの違い」が誤解を生むという話は、普段の会話や仕事でも確かに心当たりが多く、つい自分の価値観を前提にして相手に話してしまっていたことに気づかされました。
また、「人はどうでもいいことをすぐ忘れる」という指摘も、自分が忘れる側になった時も、相手に忘れられた時も、妙に納得できる内容でした。言われたことを覚えてもらえないのは、その人にとっては重要じゃなかっただけ…という考え方は少しショックではありますが、だからこそ“相手にとっての重要性”を意識して伝える必要があるというのは大きな学びです。
全体を通じて、自分の伝え方を見直すだけでなく、相手の背景や前提に想像力を働かせることの大切さを改めて感じました。コミュニケーションに悩んでいる人にとって、かなり実用的かつ励まされる内容だと思います。